クレームは意識していました。 心情を読まれてる作品は多々あります。 しかし、一見良さそうな作品も勘違いとか状況に矛盾があったりとか、同じフレーズが重なっていたりとか、心情を読んでる部分と散文の入り交りとか、自分が偉そうで申し訳ないのですが、未熟な物も少なくなく、 いいねを押してる人も分ってるのか分ってないのか、勢いで押してる人も少なくないような 印象を拭いきれません。 私は性格がひねくれてるので、おセンチな事は書けません。 もちろん才能もありません。 概念とか説明散文、短歌には暗黙はあるのでしょうが、基本は自由ですので、何を書いてもいいのではと言う反論もあります。 しかし、自分でも書いていて馬鹿馬鹿しくてイヤでたまらなく止めるきっかけが欲しかったので貴方のご忠告がいいきっかけになりました。 長々と下手な文章すいませんでした。
いくつか純次さんの歌を読ませていただきましたが、短歌というより散文的な感じがします。短歌の詩的な部分を意識したり、心の揺れを歌にすると良いのではないでしょうか。
クレームは意識していました。
心情を読まれてる作品は多々あります。
しかし、一見良さそうな作品も勘違いとか状況に矛盾があったりとか、同じフレーズが重なっていたりとか、心情を読んでる部分と散文の入り交りとか、自分が偉そうで申し訳ないのですが、未熟な物も少なくなく、
いいねを押してる人も分ってるのか分ってないのか、勢いで押してる人も少なくないような
印象を拭いきれません。
私は性格がひねくれてるので、おセンチな事は書けません。
もちろん才能もありません。
概念とか説明散文、短歌には暗黙はあるのでしょうが、基本は自由ですので、何を書いてもいいのではと言う反論もあります。
しかし、自分でも書いていて馬鹿馬鹿しくてイヤでたまらなく止めるきっかけが欲しかったので貴方のご忠告がいいきっかけになりました。
長々と下手な文章すいませんでした。
いくつか純次さんの歌を読ませていただきましたが、短歌というより散文的な感じがします。短歌の詩的な部分を意識したり、心の揺れを歌にすると良いのではないでしょうか。