・短歌は投稿後15分間は編集が可能ですが、十分に確認の上、ご投稿ください
我が短歌音と言葉と7と5と31で遊ぶ短歌を
生きるのが苦手な君のそばにいて息継ぐための、になりたい
人間に擬態するため傘を差す誰かわたしに水をください
春を食べ夏を食べ秋を食べ冬を食べわたくしは冬眠する
うたたねは詩的な歌に溢るるも素顔晒さぬマスカレードか
花束に詩的な歌をラップして恋の扉を軽くタップする
「夕暮れ」と書いて「せつな」とかなをふる流るる風は茜をまとふ
強弱をつけて降る雨聞きながら ショパンの旋律思い出す指
秋彼岸の朝の淡さが心地よくドーナツの穴を吹きとほる風
あこがれて詩的な歌に心よせ綴ればひと夜ことばの旅路
恋心詩的な歌で長き夜の心のすき間ににじむあこがれ
たっぷりの涙で薄め拭っても 心の画帖に滲む痕跡
立ちすくむ避けて通れぬ死の前に歌ふほかなし我はただ歌ふ
イトトンボ 繊細すぎる 姿観て 細き筆先と 歌詠みを見る
歌の世は 三千世界 万華鏡 何に例えば詩的な歌かと
滑り台よごれ落とすの雨まかせ。我が家もこれができたらいいのに
読みかけの本から漂い出て行った物語一つ追う術もなく
少年の恋の秘密を知っていたブランコ一つ風に揺れおり
歌はみな詩だと信じ詠んでいて 今更ながら泥濘みに落ち
遠花火映る瞳をうっとりと見ているだけの僕の初恋
哀しみと涙は二重の螺旋にて ほどけぬままに流るるままに
優しさはときに毒にもなることを 教えてくれた忘れえぬ人
流派など問われるべきか歌詠むにただひたすらに言葉並べて
『アララギ』も『ホトトギス』、『白樺』、『明星』もただひたすらに歌の世求めて
ホトトギス:俳句雑誌、白樺:文芸雑誌
不勉強ですいません。注釈ありがとうございます! 不勉強ついでに学ぶ言の葉の広き世界に垣根を感じず
言葉(こころ)
雨過ぎて窓辺のカーテン踊りだす傘を手放し僕は出ていく
人生が終わったような顔をして カラオケ歌うお前がいいね
手のひらに愛があるよと友が言う 彼女に言えと揺らすブランコ
悩ましき詩的な歌と言えるのか宵の明星答えてくれず
四季を詠む刹那感じて砂時計詩的な歌の模索が楽し
四季の過ぎる速度を砂時計に喩えていらっしゃるのでしょうか。素敵な詩ですね
歌詠みの心を詠めばあふれ来る私的といえど詩的な歌が
詩的な歌 どんな歌かと 悩むけど 良く調べれば 好きに詠むべし
長雨が降り止んだなら外へでて伸びする枝をそっと摘(つま)むか
蜻蛉らが わたしを囲む琥珀の輪 亡き人の心 ここへ連れ来て
藤沢に伝言板があったなら波間に何か書いて帰ろう
伝言板 ないけど気持ち 伝わるか さぁどんな歌 詠んでみようか
長雨も多くの人が訪れし湘南の海に何を求むか
返歌ありがとうございます 伝言板についての詩を以前から詠みたくて、以前行った藤沢に組み入れて詠んだものです
こちらこそ、伝言板はないけど残すとしたらどんな歌なら響くかなと思って詠んでみました。
薔薇のジャム食んでる気分にいつもなるハイネの詩集読む時などは
窓開けてぽろんとギター鳴らしたら猫の仕草で寄ってくる風
この町に住んでるような顔をして君が好きだった珈琲を買う
夏が過ぎ星座もめぐる夜長には時計の針がゆっくり進む
今生の別れとなってもいいように君に教える僕の平熱
カシオペア指さす君の瞳には見えない星が見えてるようで
利玄詠む 調べのゆるき 字余りを 詩的な歌と わが思ふなり
彼の人の 歌に教わる 心地する 好きなように歌詠みなされ
利玄調を見落としていませんか
推敲しすぎて失敗しました。元々は 彼の人の 歌を読んで 思うのは 好きなように歌詠みなされ ですが木下利玄の短歌を最近調べて知った程度なので読込みが浅いのでこれが正解かはわかりませんが…。でも、この人の歌集も読みたいと感じるくらい好きだとは思います。
白勺寺 不可欠を問う 坊主なり 詩的な歌の 響きありけり
詩を歌う感情込めて歌い出す詩的な歌は耳心地よし
曼珠沙華 詠みし利玄の 連作を 詩的な歌と われは思ひぬ
我は今三ヶ島葭子を紐解きて 詩的な歌を 学ぼうとする
葭子は明星から出発しながらもアララギで鍛えられたので詩的な歌とは違いますね
そうですか?次の歌とか私は詩的だなと思いましたよ。 散る花をさかしまさそふ風あらむ時は逝きぬと君は誇れど 新版三ヶ島葭子全歌集大正2年 日記より(11月)p177とか
「新版三ヶ島葭子全歌集」をお持ちとは本格的ですね。私は筑摩書房「現代日本文學全集90 現代短歌集」と中央公論社「日本の詩歌29 短歌集」しか持っていません。 葭子は最初与謝野晶子の影響を受けた明星風の歌を読んでいましたが、大正5年頃アララギに入会して島木赤彦に師事しました。後に破門されアララギの古泉千樫に師事しました。晩年の写実的な歌は斎藤茂吉にも高く評価されました。 提示された歌はアララギに入会する前の明星派の歌風を受け継いだ浪漫的歌です。ただし葭子の真骨頂は子と引き裂かれ、病魔と闘った晩年の写実的な歌です
p46 友禅の被布きてなやむ美しき少女に似たり雨うつ牡丹 とか 瑞々しい表現や豊かさにはっとしました。
両歌とも私の手持ちの歌集には採用されてないようです
p646大正四年の追補 曙光をあふぎて の 花匂うふ窓風薫る木かげにもくちづけがたきわれらなるかな という歌も良かったです。確かに晩年の歌も良いですがもし病気じゃなければもっと彼女の別の面が詠めたのかなと思うと少し寂しく感じました。
両著を編集した佐々木信綱・馬場あき子とは歌の評価が違うと言うことですね
本当は辛い歌詞とも読み取れる曲をキッズが笑顔で踊る
太陽が沈んで落ちるだけなのに誰かのノート足される孤独
病んでいる魔法少女は能天気手首をそっと線路に置いた
輝ける秋冷の天見上げれば前髪ゆらすいたずらな風
平明で 素人受けの 啄木の 詩的な歌の 『一握の砂』
命なき砂場の砂の愛しさよ さらさらと 幼き子らに 時告げるよに /本歌 いのちなき砂の悲しさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ 石川啄木の『一握の砂』より
「詩的な歌」の御題が入っていない
君が歌に『詩的な歌』とあればこそあえて省略本歌へ返歌す
うたたねの 詩的な歌の 上の句に 下の句詠めず 目が覚めにけり
目覚めるも まだ夢中(ゆめなか)で 考える 調べの続き 詩的な歌よ
ちゃんと「詩的な歌」が入っている、拍手
六文字の 「詩的な歌」の 題を出し 歌詠む力 見むとなるべし
「詩的な歌」の題入れる事こだわるはチャレンジャーだと我思うけど
この詠みにくい御題でどれだけの歌が詠めるか試されているのです
我が短歌音と言葉と7と5と31で遊ぶ短歌を
生きるのが苦手な君のそばにいて息継ぐための、になりたい
人間に擬態するため傘を差す誰かわたしに水をください
春を食べ夏を食べ秋を食べ冬を食べわたくしは冬眠する
うたたねは詩的な歌に溢るるも素顔晒さぬマスカレードか
花束に詩的な歌をラップして恋の扉を軽くタップする
「夕暮れ」と書いて「せつな」とかなをふる流るる風は茜をまとふ
強弱をつけて降る雨聞きながら
ショパンの旋律思い出す指
秋彼岸の朝の淡さが心地よくドーナツの穴を吹きとほる風
あこがれて詩的な歌に心よせ綴ればひと夜ことばの旅路
恋心詩的な歌で長き夜の心のすき間ににじむあこがれ
たっぷりの涙で薄め拭っても
心の画帖に滲む痕跡
立ちすくむ避けて通れぬ死の前に歌ふほかなし我はただ歌ふ
イトトンボ 繊細すぎる 姿観て 細き筆先と 歌詠みを見る
歌の世は 三千世界 万華鏡 何に例えば詩的な歌かと
滑り台よごれ落とすの雨まかせ。我が家もこれができたらいいのに
読みかけの本から漂い出て行った物語一つ追う術もなく
少年の恋の秘密を知っていたブランコ一つ風に揺れおり
歌はみな詩だと信じ詠んでいて
今更ながら泥濘みに落ち
遠花火映る瞳をうっとりと見ているだけの僕の初恋
哀しみと涙は二重の螺旋にて ほどけぬままに流るるままに
優しさはときに毒にもなることを 教えてくれた忘れえぬ人
流派など問われるべきか歌詠むにただひたすらに言葉並べて
『アララギ』も『ホトトギス』、『白樺』、『明星』もただひたすらに歌の世求めて
ホトトギス:俳句雑誌、白樺:文芸雑誌
不勉強ですいません。注釈ありがとうございます! 不勉強ついでに学ぶ言の葉の広き世界に垣根を感じず
言葉(こころ)
雨過ぎて窓辺のカーテン踊りだす傘を手放し僕は出ていく
人生が終わったような顔をして カラオケ歌うお前がいいね
手のひらに愛があるよと友が言う 彼女に言えと揺らすブランコ
悩ましき詩的な歌と言えるのか宵の明星答えてくれず
四季を詠む刹那感じて砂時計詩的な歌の模索が楽し
四季の過ぎる速度を砂時計に喩えていらっしゃるのでしょうか。素敵な詩ですね
歌詠みの心を詠めばあふれ来る私的といえど詩的な歌が
詩的な歌 どんな歌かと 悩むけど 良く調べれば 好きに詠むべし
長雨が降り止んだなら外へでて伸びする枝をそっと摘(つま)むか
蜻蛉らが わたしを囲む琥珀の輪 亡き人の心 ここへ連れ来て
藤沢に伝言板があったなら波間に何か書いて帰ろう
伝言板 ないけど気持ち 伝わるか さぁどんな歌 詠んでみようか
長雨も多くの人が訪れし湘南の海に何を求むか
返歌ありがとうございます
伝言板についての詩を以前から詠みたくて、以前行った藤沢に組み入れて詠んだものです
こちらこそ、伝言板はないけど残すとしたらどんな歌なら響くかなと思って詠んでみました。
薔薇のジャム食んでる気分にいつもなるハイネの詩集読む時などは
窓開けてぽろんとギター鳴らしたら猫の仕草で寄ってくる風
この町に住んでるような顔をして君が好きだった珈琲を買う
夏が過ぎ星座もめぐる夜長には時計の針がゆっくり進む
今生の別れとなってもいいように君に教える僕の平熱
カシオペア指さす君の瞳には見えない星が見えてるようで
利玄詠む 調べのゆるき 字余りを 詩的な歌と わが思ふなり
彼の人の 歌に教わる 心地する 好きなように歌詠みなされ
利玄調を見落としていませんか
推敲しすぎて失敗しました。元々は 彼の人の 歌を読んで 思うのは 好きなように歌詠みなされ ですが木下利玄の短歌を最近調べて知った程度なので読込みが浅いのでこれが正解かはわかりませんが…。でも、この人の歌集も読みたいと感じるくらい好きだとは思います。
白勺寺 不可欠を問う 坊主なり 詩的な歌の 響きありけり
詩を歌う感情込めて歌い出す詩的な歌は耳心地よし
曼珠沙華 詠みし利玄の 連作を 詩的な歌と われは思ひぬ
我は今三ヶ島葭子を紐解きて 詩的な歌を 学ぼうとする
葭子は明星から出発しながらもアララギで鍛えられたので詩的な歌とは違いますね
そうですか?次の歌とか私は詩的だなと思いましたよ。 散る花をさかしまさそふ風あらむ時は逝きぬと君は誇れど 新版三ヶ島葭子全歌集大正2年 日記より(11月)p177とか
「新版三ヶ島葭子全歌集」をお持ちとは本格的ですね。私は筑摩書房「現代日本文學全集90 現代短歌集」と中央公論社「日本の詩歌29 短歌集」しか持っていません。
葭子は最初与謝野晶子の影響を受けた明星風の歌を読んでいましたが、大正5年頃アララギに入会して島木赤彦に師事しました。後に破門されアララギの古泉千樫に師事しました。晩年の写実的な歌は斎藤茂吉にも高く評価されました。
提示された歌はアララギに入会する前の明星派の歌風を受け継いだ浪漫的歌です。ただし葭子の真骨頂は子と引き裂かれ、病魔と闘った晩年の写実的な歌です
p46 友禅の被布きてなやむ美しき少女に似たり雨うつ牡丹 とか 瑞々しい表現や豊かさにはっとしました。
両歌とも私の手持ちの歌集には採用されてないようです
p646大正四年の追補 曙光をあふぎて の 花匂うふ窓風薫る木かげにもくちづけがたきわれらなるかな という歌も良かったです。確かに晩年の歌も良いですがもし病気じゃなければもっと彼女の別の面が詠めたのかなと思うと少し寂しく感じました。
両著を編集した佐々木信綱・馬場あき子とは歌の評価が違うと言うことですね
本当は辛い歌詞とも読み取れる曲をキッズが笑顔で踊る
太陽が沈んで落ちるだけなのに誰かのノート足される孤独
病んでいる魔法少女は能天気手首をそっと線路に置いた
輝ける秋冷の天見上げれば前髪ゆらすいたずらな風
平明で 素人受けの 啄木の 詩的な歌の 『一握の砂』
命なき砂場の砂の愛しさよ さらさらと 幼き子らに 時告げるよに /本歌 いのちなき砂の悲しさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ 石川啄木の『一握の砂』より
「詩的な歌」の御題が入っていない
君が歌に『詩的な歌』とあればこそあえて省略本歌へ返歌す
うたたねの 詩的な歌の 上の句に 下の句詠めず 目が覚めにけり
目覚めるも まだ夢中(ゆめなか)で 考える 調べの続き 詩的な歌よ
ちゃんと「詩的な歌」が入っている、拍手
六文字の 「詩的な歌」の 題を出し 歌詠む力 見むとなるべし
「詩的な歌」の題入れる事こだわるはチャレンジャーだと我思うけど
この詠みにくい御題でどれだけの歌が詠めるか試されているのです